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中国と日本の親密な関係

大変なことが起こっていたんですね。
もっといろんなこと知りたいです。


中国では前漢の武帝が匈奴との戦いで逼迫した財政を再建するために鉄や塩などの専売を行った。これには国家が利益追求を行って庶民から財を貪るものだとして儒学者から反対の声が上がり、次の昭帝の代にはこの政策の賛否を巡る論争会が開かれた(この論争を纏めたのが『塩鉄論』であると言われている)。

『三国志』で著名な蜀でも諸葛亮が塩の専売による財政充実を行ったことが知られている。また、同国の将軍・関羽が中国最大の鹹湖である「解池」がある河東郡解県の出身であったために、元々は塩の密売人であったという伝説が伝えられ、そこから後に関羽を「商売の神様」とする考えが生まれたと言われている。

唐の中期、安史の乱で財政が逼迫すると、第五琦の案によって塩の専売が行われた。後に中央政府の政策となって一時は財政収入の半分を占めるまでとなった。だが、専売制実施前には1斗あたり10銭であった塩の価格が専売制実施後には110銭に引き上げられ、更に財政逼迫の度に値上げされた事から人々の生活は困窮して黄巣の乱が勃発する。首謀者の黄巣も元々塩の密売人であった。

北宋に入ると、人々の生活必需品となった茶が専売品として追加されて塩と並ぶ重要な財政の基盤となった。だが、同時に政府財政が逼迫すると安易な値上げや品質の引き下げなどが行われて、人々を苦しめる事となった。そのような状況の下で、塩などの密売人が各地に出没するようになる。政府は死刑をもって取り締まろうとするものの、専売品があまりにも高価で劣悪過ぎたために却って良質な密売品の方が値段が安くなったために、密売品販売による利益は厚く、誘引となったために根絶する事が出来なかったという。

中国は海岸線こそ広いものの、領土が奥地に広がっていることや人口が膨大なために、多くの人々が直接塩を手にする機会に乏しかった。また、生産地が限定されていた茶についても同様のことが言えた。それを利用した専売政策は形を変えながらも辛亥革命以後にまで継続されたのである。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)
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2007年11月19日 21:32に投稿されたエントリーのページです。

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